オイル。


 かなえられない願いが多すぎる。


 昼の光は、まぶしすぎる。
 冬なのに、日の光が目にしみて思わず室に入った。
 自分の室じゃない。魯粛の室だった。
 白昼。


 「何をしに、来たのです?」
 「別に」
 下を向くと、自分の影が揺らめいていた。
 暖かそうな明かりとは対照的に、空気の冷たい部屋だった。
 外よりもずっと寒い。
 「別に?」
 「ただ、まぶしかったから」
 この室にも光が差し込んでいる。
 「まぶしかった?」
 背中を向けられたまま、交わす会話に何を求めていたわけでもない。
 「光が」
 広い背中に、触れようとして触れられなかった。
 「そうですか」
 求めているわけじゃない。
 「だって、さっきすれ違ったとき、笑ったじゃない?」


 そうしてまたこの牀にいる。
 「おかしい、こんな白昼から」
 押し倒されて、いつも見えるのは窓だった。光が痛い。
 「外、明るい」
 「昼ですからね」
 「人が、来る」
 「来ませんよ。ここは人通りも少ないし」
 見上げた顔の余裕の笑み、意味が分からない。
 「子敬、」
 押しつけられる牀の冷たさが、背中を凍らせる。
 「誰も、私がここであなたに、こんなことをしているだなんて思いませんよ」
 こんなこと。衣擦れの音に慣れた耳は、もう違和感を感じない。
 「きっと思わないだろうね。なぜ、いつもいい人のふりをする?」


 魯粛はおかしいと思う。
 皆の前ではにこやかに振る舞い、いつも柔和な笑顔を浮かべている。
 「おかしいよ」
 それなのに、二人になるといつも酷い。
 それなのに、会いに来た。
 「私ですか?いい人のふりはね、潤滑油のようなものですよ」
 「何の?」
 「人付き合い。あなたみたいに、本当は弱いくせに突っ張っる必要などない」
 いつもみたいに笑う。皆に向ける笑顔だ。
 「私は、弱くない」
 「ずるいだけですか」
 ずるい。弱いのは嫌いだ。
 「どうして、私の前でもいい人でいなかった?」
 唇を落とされた耳が熱かった。きっと溶けている。
 「優しくして欲しいのですか」
 「してよ」
 いい人のふりをしていて欲しかった。
 「本気ですか」
 「違う」
 「これ以上のおしゃべりは無粋ですよ?」
 「本気?」
 「はい」
 意地が悪い。


 何もかも見えている。当たり前だ、白昼なのだから。
 見られていることよりも、見えていることの方が怖かった。
 「冗談なら、ここでやめてよ」
 これ以上は耐えられないと思った。
 脱がされた服に手を伸ばそうとして、捕らえられる。
 「離して」
 からまる指が怖かった。
 「もう、無理でしょう?」
 「離してよ」
 離してよ。まだ分かっていられるうちに。
 「あなたには、潤滑油はいらないんですよ」
 「あ、ぅ……」
 「相性がいいでしょう?私たちは」
 何の?
 問いかける余裕さえない。
 嫌いだ。


 「赤壁に来てから、諸葛孔明どのにも抱かれているようですね?」
 「それが、どうか?」
 「どうもしませんよ」
 どうもしない。
 「何が欲しいんですか」
 「愛?」
 「そんなもの、得られやしませんよ」
 「知ってる」


 「子敬は、私に何も与えないから、好きだよ」
 そう思いこんでいる。
 「私もですよ?」
 何か赦されるようなことがあってもいい。


 脱がされた服は、体の下に敷かれていたせいで、着られる状態ではなかった。
 「くしゃくしゃ、着られない」
 しようがなくて魯粛の服を羽織っている。不本意だった。
 素肌に直接触れる生地が粗い。
 「何を、睨んでいるのです?」
 「こんなの着ていたくない」
 「じゃあ、どうするんですか」
 「服、取ってきてよ」
 「帰したくないから、嫌です」
 「嘘つき」


 「総指揮官が、こんなところにいてもいいのですか」
 「いいよ」
 潤滑油のない関係は、いつかきしんで壊れてしまう。
 でも、きしんで悲鳴を上げるそのときまでは、
 「愛してよ」
 「嫌です」
 嫌いだと、分かっている。
 かなえられない願いに舌を噛んだ。



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