ラブミテンダリ


 信じられない。全くもって信じられない。
 「父上は何を考えておられるのですか!?」
 「瑜が賛成したのだからいいだろう」
 「そういう問題ですか!」
 「そういう問題だ」
 ただいま、大がかりな引っ越し作業の途中である。
 周瑜の室を、自分の室の隣にするのだと、孫堅が言い出したのは昨日の夜のこと。
 誰もが驚いて口をきけなくなっているのを尻目に、今日は朝から大勢の小姓たちが周瑜の荷物を運んでいる。
 大荷物だ。いったい周瑜はどれだけの物を室に置いていたのであろう。
 牀、机、小物、書簡、装飾品に服に鏡台……(笑)
 それらが次々と運び出されては、孫堅の室の隣に納められていく。
 ちなみに、周瑜自身は引っ越し作業などつまらないのか、外に遊びに行ってしまった。
 「瑜は、たくさん服を持っているなー」
 「そうですねー。誰があんなに……って、父上です!」
 「そうか」
 「……っ。そんな話をしているんじゃないんだ」
 問い質したいのは、どうして周瑜が父の隣の室にいる必要があるのか、だ。
 「瑜が離れたところにいるなんて心配じゃないか」
 何が、何が心配なのだ。
 というか、父上の隣にいる方がよっぽど心配だ。
 「公瑾も、もう十五ですよ。何が心配、」
 「最近ますます美人になって、」
 確かにそうだ。しかし、この周瑜惚けはどうにかならないのだろうか。
 他のことに関しては、言いたいことは何もない。
 しかし、周瑜のことを目に入れても痛くないほどに可愛がるのだけは、どうにかして欲しい。
 だから周瑜があんなに我が侭になるのだ。
 「夜、俺の部屋まで来るときに心配じゃないか」
 「何が、」
 「他の男に声をかけられたり、かけたり、」
 かけたり!?……しそうだ。
 「心配で夜も眠れないじゃないか」
 孫堅は、そう言って本当に深いため息をつく。
 「そんな理由で?」
 「そんな理由だ」
 脱力中☆(しばらくお待ちください)
 「……っ。一生起きてろーーっ!!(泣)」


 孫策は、全力疾走していた。
 もちろん、噂の姫君(はなまる優良児)を探すためにである。
 父上に話が通じないのなら、周瑜だ。
 周瑜の室が、父上の室の隣だなんておかしすぎる。
 そんな配置、あってたまるものか……
 既に恋愛感情ですらなかった。
 「公瑾!」
 ついに木陰に見つけた周瑜の肩につかみかかる。
 「伯符っ?どしたの?」
 花冠を作っていた周瑜は、目を見開いて孫策の顔をのぞき込んだ。
 不思議そうに、首をかしげて見上げてくる。
 可愛い(違)
 「違う!公瑾!」
 「何がー?」
 「おまえ、父上なんか(酷)と隣の室でいいのか!?」
 「いいから、賛成したんだけど?」
 「なんで!?」
 思わず周瑜の肩をつかむ力が強くなる。
 「いたいよー」
 「すっ、すまん。でも父上はもうオッサンだぞ!」
 「知ってるよ」
 そのとき、孫策の脳裏には世にも恐ろしい考えがひらめいた。
 「おまえ……まさかオッサンが好きなのか」
 「好きだよ」
 周瑜がにっこりと笑う。
 「公瑾、悪いことは言わん。男でも(笑)せめて若い男にしておけよ……」
 「なんで?」
 「だって、おまえみたいな若くて可愛い子が、三十路半ばのオッサンとつきあってるだなんて……危ないじゃないか。犯罪だろ」
 どこの法律なのかは知らないが。
 「な、俺にしろとは言わないからさ。俺の友達とか紹介するよ」
 孫策は、いつの間にこんなに健気な性格になってしまったのだろう。
 「格好いい奴とか、強い奴とか、……えーと、頭良い奴とかもいるからさ」
 もう懇願状態である。気がつくと、周瑜の手をしかりと握りしめていた。
 「いらない」
 「は?」
 「私、文台さましかいらない」
 あっさりと周瑜が言い放つ。
 「おまえ、オッサンって」
 「文台さまだけだよ」
 正確には違うだろ、と孫策は思ったが怖いので言うのはやめておいた。
 「公瑾……将来だって」
 「将来なんか、ないよ」
 周瑜は落ち葉を拾って弄んでいた。
 「公瑾、」
 「……将来が確実なものなんて、一つもない。今は、文台さまとの間の世界だけが、私の世界の全てだよ」


 「俺、どうすればいいわけ?」
 どうしようもなくなった孫策は、もう愈河のところを尋ねるしか残された道がなかった。
 「まあ、あの二人のことはどうしようもないからな」
 ほとんど床に伏せるような格好で管を巻く孫策を、愈河は適当に慰めていた。
 「父上は父上でさー、もう公瑾のことばっか構うし。公瑾は公瑾で、父上しか見てないしー」
 「ま、飲めよ」
 愈河が注いでくれた酒を、孫策は加減も考えずに飲み続ける。
 「もう孫軍は終わりだー……これが末期なのかー……」
 「案外、おまえに軍を預けて二人仲良く隠居したりしてな」
 「最悪じゃん!!」
 愈河は、慰めているのかおちょくっているのか、よく分からない。
 「仮にだけどさ、殿がいなくなったら公瑾はあっさりおまえを捨てそうだよな」
 「ひぃ……」
 世界は真っ暗モードに突入した孫策は、完全に床に突っ伏した。
 「もう終わりだ……終わりなんだ……」
 「おい、伯符?大丈夫か、」
 「…………」
 「寝たのか、」
 愈河が、そっと足でつついてみても孫策の反応はない。
 「おい、可哀想に。つぶれちまったぞ」
 「あらー、」
 愈河のつぶやきに、帳の後ろから顔を出したのは周瑜だった。


 「私、隠居なんかしないよ。花の十五歳なのに」
 つぶれてしまった孫策を隅に押しやって、今は周瑜が愈河の隣に座っている。
 「どうだかな」
 「それとも、伯海どのが一緒に駆け落ちてくれる?」
 ちらりと上目遣いで見上げてくる周瑜の髪に触れる。
 「誘ってるのか」
 「冗談」
 「怖い冗談だな」
 「よく言われる」
 「いつか痛い目見るぞ」
 「見せてよ」
 「それにしても、伯符はちょっと可哀想だぞ」
 「そうだね」
 周瑜は、つぶれている孫策の方へと向き直った。
 「伯符って、可愛いよね」
 「おまえがそれを言うのか、」
 「一生懸命で」
 周瑜は、孫策が握りしめたままの椀を手にとって、残っていた酒を飲み干した。
 「文台さまがいなかったら、私きっと伯符が一番好きだったよ」
 周瑜の浮かべた表情は、普段は決して見せない類のものだった。
 「そうか」
 しかし、すぐにいつものように笑う。
 「でも、文台さまいなかったら、伯符生まれてないよねー」
 「そうだなー」
 二人して笑う。
 最後の最後で、微妙に酷い二人だった。


 「こーきんー……」
 孫策が身じろぐ。
 「はいはい、聞いてるよ」
 周瑜がそっと孫策の頭をなでた。
 安心したのか、孫策がまた規則正しい寝息を立て始める。
 「今日は優しいんだな」
 「そういう日があってもいいかなと思って」
 しかし、孫策はやはり周瑜の優しい言葉を聞けないままだった。
 夜が更けていくのに、何も変わらないままだった。

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