カプセル


 部屋に戻ると、周瑜がいた。何故か自分の牀の上で眠っている。
 一瞬、戻る部屋を間違えたかとまで思った。それほど堂々と眠っていた。
 手も足も好きなように投げ出して、他人の牀にいるとは思えないほどの傍若無人ぶりである。
 この人はいつもこうだ。
 また外に遊びに行っていたのか、長い髪に黄色い花びらがからんでいる。
 部屋には花の香がただよっていたのに、気づくこともできなかった。


 「それで、何の用ですか」
 「ここに来るのに理由が必要?」
 「当たり前です」
 「理由がないことは怖いんだね。子義どのは」
 かわいそう。
 周瑜は声だけで笑った。かわいそうな君のために理由をあげるよ。
 「今日は伯符がいないからね」
 そう言って、また牀に倒れ込もうとする。眠いのだと、つぶやいた。
 「昨日遊びすぎたのかもしれない」
 だったら、おとなしく寝ていればいいのだ。
 「殿がいないと、」
 「伯符がいたら、夜遊びするなってうるさいもの」
 いないときに羽を伸ばさないなんてもったいない。そう言って満足そうに笑う。
 「伯符はいつから私の保護者になったのだろうね」
 周瑜の髪にからんでいた花を一つつまんで下に捨てた。
 「夜に一人で出歩くな」
 当たり前だ。
 「知らない男について行くな」
 それだって当たり前だ。
 「そのついでに、寂しさを埋めてくるのもだめなのだって」
 周瑜の言う、寂しさを埋めるという行為がどういうことなのか分からない。
 それでも、すねたように膝を抱え込む周瑜に、髪に触れる以上のことができない自分を確認した。


 「今日は、子義の日だよ」
 「何ですか、それは」
 「子義が、私を寂しくさせないように頑張る日」
 「どうして私が頑張らねばならないのです?」
 私のことなど、考えてもいないくせに。
 「それが定めだから」
 そこには何もないのに、皆手を伸ばして堕ちていく。
 「誰が定めたのです?」
 「きっと私じゃないよ」
 もちろん君でもないけれど。
 「よい酒が手に入ったからね。子義と飲もうと思ってとっておいたのだよ」
 そう言って、周瑜は机の上の酒瓶を指さした。
 「殿と飲めばよろしいのでは?」
 何より周瑜を大切にしているのは、今は孫策なのだ。自分では役不足だと思う。
 「それもよいのだけれどね、これは子義が好きな味だと思った」
 周瑜に、自分から触れることなどできない。
 いつも、先に手を伸ばすのは周瑜の方だった。臆病なのだ。
 「だから、私のために酒をついで」
 するりと腕の中に入り込んで、周瑜は首をかしげた。
 柔らかい髪が周瑜の肩をすべり落ちるのをただ見ていた。


 周瑜の酒のつまみは、いつも果物だ。
 今日は一人、よく熟れた桃をかじっている。
 甘い汁が指を伝ってこぼれても、気にはならないようだった。
 「公瑾どの、」
 どうしようもない。
 「なに?」
 桃をかじったままで見上げてくる。子供のようだった。
 いっそ子供であればよかったのに。
 「私の牀ですよ。こぼさないでください」
 そもそも、牀に上がって酒を飲んでいることがおかしい。
 「桃の香は嫌い?」
 周瑜の髪から、はらはらと花びらがこぼれていく。
 「きっとすぐに忘れてしまうよ」
 口移しで酒を飲んだのがどちらだったのか、もう忘れてしまった。


 「子義は一人で眠ることに耐えられるの?」
 「耐えられますよ」
 冷たい指先が、腕をすべり落ちていくのにため息をついた。
 周瑜とともにいると、肺の奥からこぼれる空気はすべてため息に変わる。
 「私は、無理だよ。一人でいるなんて、体の半分が足りないみたいで苦しいよ」
 「でも、一人でいることにも慣れていないと」
 どうしてこんなことを言ってしまうんだろう。
 「一人になる練習はどこでしたらいい?」
 周瑜の声はかすれていて、しかしそれさえも花の香にかき消されていた。



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