赤信号


 納得がいかなかった。
 まったくもって、納得できない。
 なんで周瑜ばっかりが、あんなに可愛い可愛いって騒がれるんだ。


 最近、軍の奴らが、やたらに周瑜のことを可愛いと言うようになった。
 若い奴だけじゃない。年くった奴だって、周瑜を見ると目を細めるのだ。
 周瑜を見ると、袖から菓子を取り出す奴(危)が何人いることか。
 そして、大抵の人間が周瑜の言うことなら簡単に聞く。
 自分だったら叱られるようなこと(演習を抜け出したとか、朝起きるのが遅いとか)でも、
周瑜なら笑って許される傾向まで出始めた。
 (なんか勝手に街へふらふら出て行くのだけは、周瑜の方がより叱られるけど)
 それはもちろん、自分は父上を継ぐのだし、当たり前と言えば当たり前なんだけど、
ちょっと不公平が過ぎやしないか。
 従軍してすぐの頃は、二人とも可愛いって言われていたのに(多分、子どもだったから)
最近可愛いって言われるのは、周瑜ばかりだ。
 昨日だって。
 「公瑾って、ほんと可愛いよなぁ」
 若い兵たちが集まっているところを通り過ぎたら、聞こえてきた。
 「うんうん、癒される」
 「無邪気なとことか、いいよな。なんか守ってやりたくなるし?」
 俺だって。
 俺だってまだ結構可愛いはずだ!


 「なあ、公瑾ってそんなに可愛いのか」
 愈河の牀に二人で乗っかって、まだあまり飲めない酒をちびちび舐めている。
 周瑜は今頃、とっくに眠っているのだろう。たぶん。
 「造作の問題か?」
 「そうなのかな……」
 年上の愈河に聞けば、何か分かると思ったのだ。
 いつも何もかも悟ったような顔をしているし、周瑜のことを可愛いって言わない、数少ない仲間だった。
 「造作の問題を言うのなら、公瑾の容貌はずば抜けているな」
 ちびちび舐めていたにも関わらず、すぐに空になってしまった杯を片づけながら、愈河が感慨深げに言う。
 「そうか?」
 「体だって華奢だし。まあ、あれでやたらに暴れてるけどな」
 「そういうもんか?」
 「お前は昔からずっと一緒にいるから、見慣れているんだろうな」
 そうなんだろうか。
 確かに、顔は可愛いのかもしれない。体だって小柄かもしれない。
 でも。
 「でも、いくら顔が可愛くても、あいつ性格歪んでるぜー」
 そうだ。
 いくら可愛いったって、あんなのに手を出そうとか思う奴の気がしれない。
 大体、底なしのわがままだし、なんか気が強いし、酷いことばかり言うし。
 嘘とか平気でつくし、泣くし、暴れるし、絶対手に負えない。
 「あー」
 「そう思わないか?」
 「ただ、ほとんどの奴らは公瑾の本性に気づいてないだろう」
 本性、って……。
 なんか愈河の方が、酷い言い方をしているような気がする。
 「あいつ、無邪気とか言われてるんだ」
 「素晴らしい勘違いだな」
 というか、周瑜がそんな風に見せているのだ。
 あいつ、外面だけはものすごくいいから。
 「父上だって、」
 「殿が?」
 「公瑾ばっかり可愛がるんだ……」
 べたべたに可愛がっているとか、そんなんじゃない。
 ただ他の家臣たちを見る目とは、明らかに違う感じで周瑜のことを見るのだ。
 妙に、優しい目だと思っている。いつもは絶対見せないような目だ。
 そうして二人の目が合うと、どちらともなく、笑う。
 変な感じじゃない。変な感じじゃなくて、それはただ挨拶みたいな笑みなんだけど。
 見たくなかった。
 「それに嫉妬してるのか?」
 「違うけど……父上は、公瑾に構いすぎだよな。可愛いってそんな得なのかよ」
 「それは……いや、」
 愈河は、何かを言いかけてやめた。
 「なんだよ、言いかけてやめるだなんて卑怯だぞ」
 「すまん。でも、本当に何でもないんだ」
 ……そんなもんなのか?
 なんか、もやもやして納得いかない。なのに眠い。
 「今日、ここで寝ていってもいいだろ?帰るの面倒くさい」
 固い枕を抱いて転がってみる。
 こんな仕草でも、周瑜がやると、また可愛いって言われるんだろう。
 「いいけど、公瑾を一人にしておいていいのか」
 枕は一つしかない。簡単に奪われる。
 「なんで?」
 「いや、まあ……大丈夫だろうな。今日は殿がいるし」
 「は?」
 なんでそこで父上が出てくるんだ。
 「あ、何でもないぞ」
 「何だよそれ……」
 睡魔なんて来なければ、絶対確認するのに……。


 なんか考え出すと頭ん中がぐるぐるして嫌だった。
 憂さ晴らしが必要なんだと思う。今日は、天気もいいし。
 「なあ公瑾。泳ぎに行こうぜ」
 「いや。眠い」
 もう日が昇り始めたのに、周瑜はなかなか起きない。
 布団にくるまって、光の当たらない所に逃げようとしている。
 「なあってば、」
 「やーだー」
 朝方、愈河の室から帰ってきたら、周瑜はいなかった。
 厠にでも行ったんだろうと思っていたら、案の定すぐに帰ってきて、そのまま牀にもぐり込んでいた。
 ただ、なんか、それまで牀の使われた形跡がなかったような気がしたけど。
 「もう起きろよ。朝一番に泳ぐと気持ちいいぜー」
 見なかったことにしようと思った。
 「私は眠いの」
 「なんでだよ?」
 「…………」
 すごく不自然な感じで黙られる。それに、声が寝不足っぽかった。
 「おい、公瑾。おまえ昨日の夜、ちゃんと寝た?」
 「……泳ぎに行くの、お昼ならいいよ」
 布団の中から、くぐもった声が聞こえてくる。
 「ほんとか!?」
 「うん」
 なんか、ごまかされたような気がするんだけど。


 なんでこうなるかな。
 昼頃ようやく起き出してきた周瑜はものすごく元気で、誘ったのは俺なのに、完全に主導権を握られていた。
 朝食(昼兼用?)を食べた後すぐに、河に引っ張って行かれた。
 今日はすごく天気が良くて、暑かった。
 それでも軍に子どもは少ないし、近くの河で泳いでいる奴はいなかった。
 「伯符、早く!」
 この辺は、貸し切りだ。
 待ちきれないのか、周瑜は上着だけ脱ぐと、さっさと河に飛び込んだ。
 「おまえ、服!」
 「気にしないって」
 それは別に、全部脱げとか言ってる分けじゃないけど、そんなんで泳いだら後でどうするんだって、
そういうことだ。
 別に、服が濡れてくっついたら、なんか色っぽいから困るとか、そんなんじゃない。
 「伯符も早くおいでよ!」
 周瑜は水を得た魚のように、気持ちよさそうに泳いでいる。
 こいつ、こんなんばっかだったら可愛いんだけどな。
 思わずその姿を眺めてしまう。
 「伯符、とろいー。日が暮れるよー」
 ……いや。全然可愛くない。
 でも俺だって早く泳ぎたかったから、服を脱いで飛び込んだ。
 「豪快だねー!」
 河の浅い底から、水しぶきが上がるのが分かる。
 外の暑さが信じられないくらい冷たくて、気持ちが良かった。
 ため息が、出そうだった。
 「ようこそー、って感じ」
 浮かび上がると、周瑜に抱きついてこられる。
 「なに、してんだよ……」
 腕を回された首が、熱いような気がした。
 「今の伯符、すごく格好良かった」
 笑いながら言われる。
 顔と顔が、近かった。
 ……やばい。
 可愛い。顔だけ、顔だけだ。
 「最近、伯符格好よくなってるね」
 お前は可愛く……いや、冷静になろう。こいつが可愛いのは外面だけだ。
 絶対騙されたらいけない。
 父上の顔が思い浮かんだりしたのは、きっと気のせいだ。
 「羨ましいな」
 その理性を嘲笑うかのように、極上の笑みを見せられる。
 できるだけ気にしないようにしているけど、周瑜の身体には濡れた服がまとわりついていて、
裸でいるより、なんかいやらしい。
 心配していた通りだった。落ちつけ、心臓。


 「あれ?」
 ふと、周瑜の胸元がぽつぽつと赤くなっているのに気づいた。
 「お前、虫に刺されてるぞ」
 「あ、ほんとだ」
 周瑜も自分の胸元に目を落とすと、何でもないように袷を閉じた。
 「どんな格好で寝てたらそんな刺されるんだよ?」
 「なんでだろうね。昨日は伯符が一緒にいなかったからかな」
 「痒いか?」
 「大丈夫」
 髪から雫をこぼして笑う周瑜は、相変わらず可愛くて、可愛くて……
 なんか、複雑だった。
 「今日は一緒に寝ようね?」
 「お、おう」
 赤いぽつぽつ、見ても良かったんだろうか。
 「約束だよ」
 なんか、なんか納得いかない理由が変わりそうな予感がしていた。



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