愛を売る鳥


 「何度言えば分かる?」
 「分からない」
 夜は何度も繰り返す。
 いつかは終わるように祈っても、お願いをかなえてくれる神様はいない。
 「あれほど、夜に出歩くなと言っているのに」
 「朝なら良いのですか」
 牀から片足を落として、周瑜はつぶやいた。
 髪を梳かれる感覚が心地よくて、今考えることに頭を使うのはもったいないと思った。
 孫堅の指が、柔らかい髪の一房をつかむ。
 それはすぐにこぼれ落ちた。
 柔らかすぎる髪は、孫堅の固い指にはとどまらない。
 「おまえと同じだな」
 「何が?」
 「欲しいものがたくさんあるのか」
 「そんなにはないよ」
 一番欲しいものは、目の前にある。
 向かい合う格好で座り込んでいた。


 空気が欲しい。
 二人の間の空気を閉じこめて、一つ一つしまっておけたとしたら。
 あなたを失ったときに、私はその空気を吸って生きる。
 そうして、その空気が足りなくなったら。
 私の息が止まるだけ。


 「私は欲しいのは、文台さまだけだよ」
 固い指に触れられるだけでは足りなくて、自分の指の感覚を使いたくて、孫堅の左耳に触れた。
 熱い耳だと思った。
 熱が、指先から周瑜を融かしていく。
 「だったら、なぜ」
 「どうしてそんなことにこだわるの?」
 こんなときにものを考えられる孫堅の方が不思議だった。
 「おまえは周家からの大事な預かりものだ……傷物になっただなんて、」
 傷なんて付いていない。傷って何?
 ふと、孫堅に与えられた足環が目に入った。
 きゃしゃな銀の鎖が、足首を拘束している。契約だった。
 「もし傷が付いたって言うんなら、一番最初につけたのはあなただよ。文台さま」
 孫堅が押し黙る。眉を寄せる。目をそらす。
 「文台さま?」
 孫堅の顔が好きだと思う。目がいい。
 相手を灼き殺しそうなほどの強い意志を持った目も、孫策を見るときの親の目も、自分をとらえるときの大きな目もいい。
 この目が私のために濡れるときは最高に幸せだった。
 「だから責任とらなきゃいけないのは文台さまだよ」
 愛されすぎている。
 愛されすぎて、心が満たされすぎて苦しいです。
 この苦しみの責任をとってよ。
 「瑜、」
 孫堅はそれ以上の言葉を紡ぐ代わりに、周瑜の手を取って左手の薬指にくちびるを落とした。


 注がれすぎてあふれた愛情をどこかにこぼしてきただけで。
 そうしないと新しく注いでもらっても受け容れられないのに。
 そんな簡単なことがどうして分からないんだろう。
 「ずっとそばにいればいい」
 「いさせてくれるの?」
 他愛ない夜が落ちていくのに、ひどく眩暈がした。



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